【後編】フェアレディZ Z32のデザイナー山下敏男さんに聞いた!驚くべき”チャンス”の引き寄せ方


フェアレディZ Z32のデザイナー、山下敏男さんへのインタビュー後編になります。前編ではセドリックプロジェクトにて、リアガラスの開発で社長賞をお獲りになられたところまでお聞きしました。

前編をまだお読みいただいていない方は、どうぞこちらよりお読みください。

【前編】フェアレディZ Z32のデザイナー山下敏男さんに聞いた!驚くべき”チャンス”の引き寄せ方

後編では、後編では、主にフェアレディZの開発ストーリーについてお話を伺いました。

 

【後編】フェアレディZ Z32のデザイナー山下敏男さんに聞いた!驚くべき”チャンス”の引き寄せ方

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山下敏男(やました としお) = 1949年、福岡に生まれる。福岡市立博多工業高校工芸科卒業後の1968年、日産自動車にデザイナーとして入社。パーツデザインからスタートし、2代目バイオレットを皮切りに、様々なプロジェクトに携わる。フェアレディーZ Z32のデザインを代表に、シルビア240SX、スカイラインGT−R、インフィニティG35、Q45など、車本来の魅力を伝える数々の車種を手がけた。2008年には首都大学東京の教授に就任し、各方面でカーデザインの魅力を伝えながら、多くの学生にトランスポーテーションデザインを教えている。

 

―ショーカー、A10型バイオレット、セドリックを経て、その後のお仕事についてお聞かせください。

先日アメリカで、フェアレディZの大きなミーティングがあったのですが、そこに呼ばれて講演をしてきました。そのときに自分のデザイナーとしての歴史をまとめたので、そちらを見ていただいたほうが早いですね。

キャリア

セドリックの次は、ショーカー、セントラ、オースターバイオレット、そして次のセドリックシリーズ、この間にもちょこちょこやっていますが、それで4代目のフェアレディZです。あとの方は、僕がマネージャーになってからのクルマたちです。

実は、日産を辞めようと思った時もありました。アメリカに行く前の、ちょうどルノーが来た時期です。

 

―変革の時代ですね。

その頃は辞表を書いて、いつでも出せるように持ち歩いていました。面白いもので辞表を書くと人間腹が据わります。なんと言うのでしょうか。言いたいことはちゃんと言わなきゃな、と自然と思うし、迷いがなくなるというのでしょうか。もう辞めようと最後に中村史郎さんに相談しました。そうすると「もうちょっと頑張ってくれ、なんとかするから」と言ってくださいました。

 

―それでは、ゼットの開発ストーリーをお聞かせください。

まずはじめは、シルビアとゼットの先行開発をするので絵を描くことになりましたが、僕はゼットしかやりたくなかったので、シルビアは描きませんでした。一緒に頑張っていたデザイナーは、もちろん両方を描いてきました。僕のスケッチを見て「山下さん、シルビアは?」と言うのです。「え?描かなかったよ?」というと「ズルい!卑怯者!」と言われました。

ゼットのデザインをしたい、という思いが強かったので色々と考えた結果、ゼットだけ描きました。結局、僕のスケッチが案として選ばれ、僕一人だけメンバーになりました。一人でスケッチをし、スケールモデル作り、2案提案しました。ゼットはだんだん大きくなっていっていたので、小さいゼットが欲しいなと思い、ミッドシップの小型のライトウエイトも考えました。

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1/1のスケールモデル2案。上が王道のゼットと当時呼んでいた大きめのゼット。下が小さいミッドシップ案。下の案は「マキシム・ド・パリのハンバーガーのようなゼット(小さくても立派なハンバーガーのような車という意味)」と呼んでいた。ちなみに山下さんは、マキシム・ド・パリには行ったこともなく、特に意味は分かっていなかったそう。

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フルサイズのテープドロー

 

アメリカに行って現地発想もしました。3人でアメリカを周り、マジメに描いたスケッチは1枚だけです。前にディーノが走っていました。単純なことですが、アメリカは広いからワイド&ローだなということで、スポンと頭のなかに浮かんだものをホテルでスケッチしました。

現地発想

 

また、アンテナでも苦労しました。当初の設計からの要望はAピラーの付け根付近(下写真)でした。アンテナはルーフよりも上げないとなりません。ですがTバーがあるので出すところが無いのです。

「いやいや新聞社の車を作っているのではないのだから。」と言っても、これ以上やりようが無いと言われました。らちが明かないので、役員が見に来る日を見計らって、あえてその日に本当にアンテナを立てておきました。

アンテナ前

 

―策士ですね。

案の定、役員が見て「山下君、これなに?」と言うので「いやぁ、アンテナなのですよ、なんともならなくて。」なぞと白々しく言うと、役員が「分かった、ちょっと言っとくわ」と帰っていかれ、次の日にはアンテナが後ろ(下写真)に変わっていました。早かったです。

 

アンテナ後ろ

 

その頃、あるマネージャーから、「山下。このプロジェクトはやばいから、仕事終わったらさっさと帰れよ。暗闇で石が飛んでくるぞ」と言われました。

ことある毎に「ヤダ」と言って突っぱねていたので、僕のアダ名は山下ではなく「ヤダ下さん」でした。あれだけNGを出してたら闇討ちにあうかもしれない、と言われていました。

アンテナだけではなく、ヘッドランプでも開発に苦労しましたが、僕にヤダと言われたマネージャーが条件を持って帰るときなどは、本当に心配になりました。それでも「できない」と言われた時は「ホンダの技術者だからこそ、とことんやるよね」と言い返しました。

本当にそう思っていました。ヘッドランプ、ガラスやアンテナ以外にも、するべきことがたくさんあるのです。はいはい、と受け入れていたらありえないものが出来上がってしまいます。

ある人に、「ゼットは米だから失敗するなよ」と言われたこともあります。意味は分かるのですけどね。ですが、挑戦するような気持ちがないとスポーツカーなんて面白くもなんともありません。(守りはセダンでいいのではないか、ゼットで食うような会社ってオカシイのではないか)と思いました。

当時はマネージャーという立場ではなく、プロジェクトのリーダーとしてやっていたので、話す相手が部長でも妥協するわけにはいきませんでした。

 

―その甲斐もあり、フェアレディZ Z32は数々の賞を受賞されておられますね。

まず、1990年にモータートレンドマガジンによるインポートカーオブザイヤーとグッドデザイン大賞を受賞しました。その後もEurope Best100 for 20 Centuryや、オートモービルマガジンのAUTOCAR Best 25、GQ マガジンの The Most Stylish Cars of the Past 50 Yearsなどですかね。多すぎて全て把握してきれませんが、大変光栄なことでありがたく思っています。

 

―カーデザイナーを志す学生へアドバイスをお願いいたします。

わたしも最初は綺麗なスケッチは描けませんでした。カースタイリングを見て練習するしかなく、どんな順番でどうやって描かれているのかが分かりませんでした。マーカーで順番に塗っていくのだろうな、とは思っていましたが、タイヤの位置も先輩に言われないと分かりませんでした。もっと右、とかもう少し細く、などと言われても、その時のスケッチは直せても、次にスケッチを描くとまたズレてしまいました。

理論的に教えてもらうと分かります。ホイールベースにタイヤがいくつあって、上から見るとこうなるから立体はこうなっているよね、など説明してもらうと分かりますが、言われるまでは全くわかりませんでした。私は首都大学東京でトランスポーテーションデザインを教えていますが、学生の絵を見ていると僕と同じことが起こっています。

紙に立体を表現することは難しく、丁寧に説明しないと2次元の絵をただ描いているだけになってしまいます。まずは輪郭を頭に入れながら描いていくことです。セクシーな車の輪郭を表現することに注力して、ちょっとした線などの細かい部分は後から入れればいいのです。そうすれば徐々にタイヤの位置をどの辺に置けばいい、というのがわかってきます。

わたしの家内が生花をしていますが、「先生が少し手を入れてくれると同じ材料でも全然違う。自分と先生では見ているところが違うのだろうね」と言っていました。そういうことだと思います。僕らにとっては些細なことですが、ビギナーの方にとっては重要なことです。そういったコツは経験者に教えてもらわないと、出来ない人は一生できないかもしれません。描き方は教えますが、つまずくポイントはそれぞれ違うので、横に張り付いてひとりひとり教えています。

また、企業を受ける人には1日100枚スケッチを描いて、1ヶ月くらいそれを続けてみたら?と言っています。某メーカーに受かった学生がいるのですが、こう言っていました。「俺はみんながボヤッとしている間に、必死になって練習していたんだ。描いたスケッチの枚数は誰よりも多い自信がある」と。やる気のある1年生の中には、たまに僕にスケッチを見せに来る子もいます。そういう熱意のある子はどんどん上手くなりますし、きちんとデザイナーになれます。採用する側もデザイナーですから、プロの目はごまかせません。

もちろんスケッチの上手さだけではありませんが、最低限の表現力を身につけるだけの練習量とそれを続けられる熱意がないと土俵にも立てません。頑張ってください。

 

 

編集後記 

目指すデザインを実現させるためには一切妥協しないその姿勢と、それを押し切り通してしまう粘り強さ。

そして、スケッチを描くだけではモノになりません。「優雅に泳ぐ白鳥も水面下では激しく足を動かしている」ではないですが、それを造りあげていく過程こそ、デザイナーの粘り強さが必要とされているのだと再認識させられました。

 

 
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